☆ 樋口範子のモノローグ(2018年版) ☆

更新日: 2018年1月1日  
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2018年1月
    

ごんぎつねと兵十

 新美南吉が「ごんぎつね」を発表したのは、1932年(昭和7年)というから、今から84年も前のこと。なんと南吉、17歳のときの作品だという。

 今では、ほとんどの小学校の教科書に載っているので、子どもたちも、おそらく30代、40代まではだれもが知る物語だと思われる。「ごんぎつね」がね、と口を切ると、だれもがまず「ああ、ごんぎつね」と憐みのこもった声を発する。ほんと、一様にそうなる。中には、涙ぐむ若者もいる。

 なぜか? ごんという名の狐は、兵十という名の男の仕掛けたワナから、かかったウナギを、単なるいたずら心で放してしまうが、後日、兵十の病床の妻がウナギが食いたいと言って、それが叶わず、無念にも死んだのを知る。

 自責の念にかられたごんは、せめてもの償いと思い、イワシ売りの籠からイワシを盗んで、兵十の小屋に投げてやる。

 ところが、兵十はイワシ売りから盗人と疑われ、とんだ濡れ衣を着せられて殴られてしまう。

 自分の思いと裏腹に、兵十を二回も傷つけたこと知ったごんは、栗や松タケをそっと兵十の家の前に置く。申し訳ないという思いを、何とか伝えたい、それがごんの願いだった。

 しかし兵十は、それが神さまからの賜物と思い込んだため、狐のごんにしてみれば、ますますの苛立ちとなる。が、ごんはけなげにも、栗運びをつづけた。

 ある日、栗や松タケを置いたごんを、いたずら者と勘ちがいした兵十は、銃で撃ってしまった。

 ところが、散らばる栗や松タケを見た兵十は、「ごん、おまえだったのか、いつも栗をくれたのは」と言い、ごんは静かに目を閉じ、兵十の銃からは煙が立ち上って物語は終わる。

 哀しい、無念の物語だが、読者はほとんどだれもが自分をごんに投影して、同情する。この物語の最後では、時すでに遅し、ごんの善行が兵十に明かされるのだが、現実ではほとんどの場合、人の願いや思い、行いは表面化しない。通じない思い、伝わらない真意、だれもが、一度や二度、あるいは始終、そうした痛み、悔しさ、わかってもらえない辛さを体験している。親子、兄弟、夫婦ケンカの場合も、相手にわかってもらえないというのが、その一番多い原因かもしれない。

 でも、自分たちは、狐のごんであるばかりではなく、ときとして兵十でもあるのを、ついつい忘れている。自分だって、他人や相手の真意をわかっていない。わかろうとしていない。思い違いをした多くの場合、自分自身は傷つかなくてすむから、反省の色も薄くなる。

 わたし好みではないが「ファミリー・ヒストリー」、というNHKのTV番組がある。自分の知らない先祖や家族の物語が明らかにされていく中で、どのゲストもその経緯や真意を知らないことに唖然とする。じっさい、そうなのかもしれない。生身の人間としての身内の思い、日常を過ごす生活者としての身内の行動を、知っているつもりで、全く知らないのが、ほんとうなのかもしれない。

 身内や知人が次々と他界していく中で、彼らの不可視の足跡を思い違いするのだったら、いっそのこと、知らないことに気づける一年でありますように。そして、知らない、わからないことから始まる思考に、しがみつける一年でありますように。

 


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