☆ 樋口範子のモノローグ(2020年版) ☆

更新日: 2020年3月1日  
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範子の著作紹介

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2020 年 3月
  

「ヒヨコです!」

毎年2月、母の誕生日をダシにして、静岡県田貫湖畔に身内が集まり、今年は、姪っ子、甥っ子家族が参加して、総勢11名の二泊三日となった。

 雪の少ない表富士を真正面に、大人7名、小学生4名、それも8歳から94歳までという年齢差をかかえる一同が、南は三重県から東は三鷹市から集合して、連日にぎやかに過ごした。

 田貫湖一周をサイクリングしたり、自然塾内で遊んだりして、二日目は、同じく静岡県にある〈富士花鳥園〉(旧称 国際花園)という観光スポットに行った。べゴニヤとフクロウ、大型鳥類を飼育、一般に観覧する広い施設で、わたしたち夫婦はほぼ毎年立ち寄っている。

 全員で、ペンギンやフクロウ、ハヤブサのバード・ショウを見た後、世界中から集められたフクロウのケージを廻っていた時、甥っ子のK39歳が、ケージ内にいた飼育員に、「エサは何ですか?」ときいた。

 飼育員の若い女の子は、元気よく、それも笑顔で「ヒヨコです!」と答えた。

「ヒヨコ?」Kは、一瞬ひきつった。フクロウが猛禽類なので、肉食ということは知っていたが、まさかという答えと、その女の子の無邪気な笑顔が、おそらく予想外だったのかもしれない。Kは中高時代に養鶏場を手伝ったことがあり、ヒヨコの孵化や飼育などを身近にして育った。ケージの前で、同じく養鶏が身近にあった妻と、いったいヒヨコをどのようにしてエサにするのだろうと、小声で話していた。猛禽類のエサ用に、ミンチにしたものを仕入れているのか? それとも、近くでヒヨコを飼っていて、毎日絞めるのか? とか。

 二人がそんな具体的な話をしていた時、飼育員が産毛のついた肉片を、指先からフクロウに与えはじめた。次の瞬間、大きなケージの中に、目を疑うようなものが並んでいるのを見た。数十匹のヒヨコの死骸が、頭を同じ向きに、等間隔にずらっと並べられている。どのヒヨコも目を閉じ、濡れた産毛は黄色で、くちばしはオレンジ色だった。冷凍ヒヨコを、室温で解凍しているらしい。

「わっ」わたしは、声を押し殺して、後ずさりした。Kの妻も「うっ」とひるんだ。

「子どもたちには、見せちゃいけない」と言うわたしの後ろから、いつもはおだやかで、反論などしないKが、眉をきりっと上げて、「いや、見せなきゃいけないんだ」と言った。彼の何かが、ぎくっと変わったのを感じた。

 Kは、小学生の子どもたち4人を呼んで、ケージの前に連れていき、ヒヨコの死骸の並列を、無言で見せた。子どもたちは、だれも騒がず、動かないヒヨコをじっと見つめた。

教育論や心理学を越えた場がそこにあった。Kの妻が、涙をいっぱいためた目で、わたしを見た。「もっとひどい現場に、毎日立ち合っているんだもの。電車の事故とか・・・」

 そうだった。Kは、消防士でレスキュー隊員として、救急車にも乗る。それが、彼の選んだ仕事だった。ヒヨコは可愛いという通念に寄り添う一方で、毎日、限りある命の過酷な現場に駆けつけなくてはならない人たちのことを、わたしたちはほとんど知らない。

 当たり前なのだが、ニュースにも、活字にもほとんど取り上げられない、「いいね」や「シェア」にも無縁な隠れた日常が、実はものすごくたくさんあることに、あらためて気づかされた。

 長距離トラックの運転を生業としている、もうひとりの寡黙な甥っ子48歳が、焼酎のグラスを片手にボツボツ語った仕事の一端も、そのひとつ。

 三日間もいっしょに過ごして、さんざん喋って、笑い合って、互いに何もかも通じ合えた気がしたが、それはそういう気がしただけで、それぞれの暮らしや心の奥底は、ヒヨコを見た子どもたちの内面も含めて、全くわからない。たとえ身内でも、たとえ生まれて以来の間柄でも、わたしたちはそこまではたどりつけず、「また会おうね」と振り合った手の重さは、日毎にわずかな愛おしさを増して、未だここにある。

 今朝の3時ころ、すぐとなりの林で、野生のフクロウが数回啼いた。

 あの日、よたよた歩きで花鳥園に同行した94歳の母は、たまたま離れたベンチにいて、ヒヨコを目にしなかった。


2020 年 2月
  

 尾車親方を知っていますか?

 大相撲ファンになって、すでに10数年たつ。さすが、両国や各地方の体育館には足を運ばないが、毎場所ほぼ毎夕テレビ観戦している。半年前にキッチンテレビを設置、以来料理はさておき、大相撲観戦に熱が入る。歯に絹着せぬ解説も実に面白く、特に北の富士の解説になると、わたしはもはや、キッチンにいても料理はしない。刃物をもつ自信がない。

力士の国籍は問わず、かつてはエジプト出身の大砂嵐、モンゴル出身の日馬富士、照ノ富士、現在はケガを治療中の宇良など、猛烈に応援した。今は、旧グルジア(ジョージア)出身の栃ノ心、炎鵬、朝乃山、そして今場所からはモンゴル出身の霧馬山を応援している。

勝ち負け、強弱はともかく、若い力士たちの〈凌ぐ〉姿というか、決して諦めない心意気にほれ込んで10数年、隔月の大相撲はわたしの熱源になった。土俵際のあのねばり、負けたかと思うと勝ち、勝ったかと思うと負ける、不甲斐なさを地元の後援会や全国にさらして、負け越しという汚点を拭えぬまま迎える千秋楽、どんなに辛く、恥ずかしく、悔しいだろう。 

今場所十両の照ノ富士は、かつて幕内で大関にまで昇りつめ、優勝経験もあり、それがケガであっというまに十両に転落したが、引退はせず、今場所は十両優勝で立ち直りつつある。しかし、その長い道中たるや、凡人には想像もつかないほどの恥辱に耐えてきたはずだ。某お茶漬け海苔のコマーシャルに出演すると、どういうわけかほとんどが星を落としていく。その恥辱と後悔、ケガに苦しむ下降線、しかし、そうした胸の内は、一言も発しない。

たしかに、痛い、苦しいと発言したとして、取り組みには何の効果もないどころか、相手に付け込まれる。

元琴風、今は尾車部屋の尾車親方が、60歳の誕生日に、家族でバースデイケーキを囲んだそうだ。ごく当たり前の家族風景の翌朝、たまたま某放送局のインタビューに応じた親方は、満面の笑みを浮かべ(彼にはえくぼがあるので、ペコちゃんというあだ名さえあり、笑っているつもりがなくても笑顔になる)「もう少しで、ありがとうと言ってしまいそうだった」と、極当たり前に語った。

ほとんどの視聴者には、親方の真意がわからなかったにちがいない。誕生日を、それも還暦を祝ってくれた家族に「ありがとう」と言うのは、当たり前ではないか? それが、喉元まで出かかって、言わずにすんだという安堵感、逆説的な仕合わせ感を、いったいどれくらいの視聴者が理解できただろう?

わたしは、これを若い人たちの集まる様々な場で問いかけたが、半分以上の人は???と首をかしげる。

その反応はよくわかる。今はとにかく、だれにも「ありがとう」「ごめんなさい」「すみません」「うれしいです」「楽しかった」と自己表現することが、必要、かつ大事だと言われている世の中だ。

ある外国人に、日本では夫婦間でも「愛してる」などとは、そう頻繁に(あるいは、ほとんど)言わないといったら、「じゃあ、日本人には愛がないのか?」と、真剣に問われ、あらためてその発想に驚いたことがある。感謝を口にしない文化を肯定するわけではないが、尾車親方の心情が、わたしには良くわかる。

そして、「ありがとう」を生の声で聞かなかった親方家族の平穏も、良―くわかる。両者とも、あっぱれだと、・・・ついついこちらも笑顔になる。

 そして迎えた千秋楽当日、126日(日)夕暮れ、平幕、それも幕尻という名を背負って結びを闘った徳勝龍が優勝した。わたしは、個人的には正代を応援していたけれど、引っ叩いたり、押したりしないで、しっかり組んだ平幕の両者に、高々と杯を掲げたい夕暮れだった。


2020年1月
  

 雪の朝

いつだったか、雪の朝、樹海を歩いていた時

二本の木の根元、その間に

ヒメネズミの足跡があった

よく見ると、足跡は二組あって

どうやら、同じネズミが二本の木の間を往復したようだった

ネズミのしっぽ跡が雪に残るので、進行方向がわかる

方向はわかるが、どちらが往路で、どちらが復路かはわからない

ところが、二組の歩幅には、ちょっとした長短差があった

 もしかして、何かの期待があって、ワクワク飛び跳ねていったら、

 たいした結果もなく、ションボリ帰ってきたのか?

 あるいは、ただの日課で、向かいの木に移動したら、

 思いがけなくハッピーなことがあり、飛び跳ねて帰ってきたのか?

歩幅の長短のそのちがいが微笑ましく、思わず笑ってしまった

 

あれから10数年たった今年の初雪の朝

家の周りに、リスの足跡がいくつもあるのを発見

リスは、ネズミより指の跡がはっきりしているので、進行方向がすぐにわかる

歩幅にも、前足と後ろ足の位置、深さにも差があって、

どういうギャロップだったのか、その高さ、スピードまで想像がつく

 冬眠しないこの子たちは、必死にエサさがして雪の上を走った

 ついこの間埋めたクルミは、どこにある?

 はたして掘り当てたのか?

 10月ころ、この子たちが落ち葉の下に、埋めているのを見ていたわたしは、

その場所に目をやった

が、そこにはまだ、足跡はない

あまりにも現実的な、自分の見方におどろく

つまらない大人になってしまった気もする

周囲の生きものたちは、以前よりずっと自分の近くで生きている

でも、近くなった分、自分の感情からは、はるかに遠くなった

彼らはすぐとなりにいるが、その内面は全くわからない

では、何が近くなったのか? 

それを考えると、雪までもが生きものに思えてくる

 


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