☆ 樋口範子のモノローグ(2021年版) ☆

更新日: 2021年1月1日  
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2021年1月
   

手元に本のある至福

 図らずもコロナ禍の最中に、友人の小松原宏子さんが発した「本は生きる力」という一言がずっとわたしを支えている。彼女は三年前の年末、埼玉県内で行われた読書会の忘年会で、色だけが同じ黒で、サイズも長さもデザインも全く異なるわたしのコートを間違って着て帰り、都内の自宅に着くまで気がつかなかったという大物である。それまでは、会えば挨拶するだけの間柄だったが、あれ以来、何かが互いの間を行き交い、今もこうして本を間につながっている気がする。

わたしは毎年150冊くらい読むのだが、今年は同じ本を何度もしつこく読むことが多く、冊数はずっと少なかった。でも、読書によって得られる満足感は、冊数に比例しないことがよくわかった。

 孤立はさびしいが、確立した孤独はいとおしい。つまらない社交辞令や枕詞を、否が応でも省かざるを得なかったこの一年間は、それによって得たかけがえのない孤独を味わう一年間でもあった。命と人生とのちがい、時(とき)と時間のちがいを、観念ではなく身体で感じることもできた時、手元に本のある至福をどう表していいのだろうか?

著者と訳者、版元に感謝を込めて、わたしの2020年ベストスリーを列記したい。

 

小説 

1・『ザリガニの鳴くところ』ディーリア・オーエンズ 著 友廣純 訳 早川書房

  2・『キオスク』ローベルト・ゼーターラー 著 酒寄進一 訳     東宣出版

  3・『洟をたらした神』吉野せい 著                中央公論社

 

随筆・対談集

  1・『霧の彼方 須賀敦子』   若松英輔 著             集英社

  2・『ほの暗い永久から出でて』 上橋菜穂子 津田篤太郎 往復書簡集  文芸春秋

  3・『知らなかったぼくらの戦争』 アーサー・ビナード 編・著     小学館

 

数年前から、狭い家の中なのに、本の置き忘れがひんぱんに起こるようになり、本を探す時間が増えた。ある時は電話機の脇に、ある時は食器棚や冷蔵庫の中にそれを発見して、そのたびに読書に移行するエネルギーまで削がれるようになった。探している間に鍋が焦げたりもする。

それで編み出したのが、キッチンと居間と寝室の定位置に、それぞれ別の本を置いておき、3冊同時進行の読書をするという苦肉の策だった。実はこれが意外にもうまくいき、当然ながら本の置き忘れはなくなり、そこに行けばすっと開いたページのつづきに入ることができ、なぜか3冊の内容が混乱することもない。

ちなみに今は『ヘブライ文学散歩』母袋夏生 著 未知谷、 『かか』宇佐見りん 著 河出書房新社、 『降りていく生き方』横川和夫 著 太郎次郎社 が、それぞれの定位置で静かに待っている。どの本も年末にふさわしく、奥深いが決して重くはなく、血の通った活字がページを埋めている。 

 


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