☆ 樋口範子のモノローグ(2022年版) ☆

更新日: 2022年2月1日  
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範子の著作紹介

2021年版

2022年1月


                       我が家の95 

この一年間、聴力も理解力もさらに落ちた母95歳とわたしたちの間で、伝達の相互確認はできても、雑談や対話は、ますます成り立たなくなった。笑わせてはくれるが、笑い合うということはない。そんな中での対話というか、すれちがい。

 その1  久しぶりに訪れた若い女性の笑顔に、母はほっとしたのか、いきなり「あなた、何歳?」ときいた。微妙なお年頃を察したわたしが、「お母さん、女性にそういう質問はご法度」と小声で水を差したら、不足そうな顔をした。〈あら、みんなは、こぞってわたしの歳をきくじゃないの?〉という顔だった。 

 その2 「富士山って、いつごろから富士山なの?」

      「1万年くらい前に、この形になったらしい」

       戦前の歴史教育を受けた母の頭に、石器時代はない。

     「じゃあ、おサムライさんも、この富士山を見ていたのね」

 その3 「シュークリーム食べる?」

      「シューマイ?」

     「お茶飲む?」

      「カボチャ?」  

フロイト説の通り、耳は常に自分の都合や好物を優先する。

その4   母は今秋、二度目の圧迫骨折で、富士吉田にある楽々堂(らくらくどう)という整形外科にレントゲンのために週一で通院している。

      通院の朝、「きょうは、らぶらぶ堂に行くのね」

      このことを、担当の可愛らしい看護師さんに話したら、「そのネタ、使わせてもらいます」と笑顔で言われた。

その5   冬の湖畔で、モーツアルトのミニコンサートがあった。会場のレストランの庭で、スタッフが小さな焚火を焚き、迎えてくれた。チケットとの交換で、串に刺さった巨大なマシュマロが手渡された。マシュマロを焚火であぶるなど、まったく自分の発想にはない母、いきなり「あら、大根?」と叫んで、周囲の笑いをかった。

      たぶん、甘いおでん種だと思ってかじりついたにちがいない。

その6   いよいよ、年賀状を書く年末になった。母は毎年40枚くらい書くのだが、

友人知人が次々に他界し、つまり書く相手が減り、その分は山中湖で新しく知 り合った人たち宛に書くことで、40という数字を維持している。

「お母さん、さあきょうは年賀状を書く日よ」

「年賀状? とっくに書いたわ」

「あれは去年。お正月は毎年めぐってくるの」

「へえー?」 

  来月、母は満96歳になる。我が家のこころ優しき友人知人たちは、うちの母の語る定番、226事件、疎開先の逸話、戦争未亡人になった実姉の出家などは、すでに当人より正確に語れるほどの修練を重ねてくれた。辛抱強く聴けない家族にしてみれば、ほんとうにありがたい。行く先々で、母の手をとって歩いてくれるのも、さりげなく暖かい。彼らの存在あってこそ、わたしたち夫婦は95歳と同居ができている、決して過言ではないと身に染みるようになった。 


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