僕がスターリングのサングラスを
ミッレミリアで愛用するのは、1955年に、
大記録で優勝したスターリング・モスに
少しでも近づけたらと思ってるからなんです
 ミッレミリアの3日目は、最終日でもあり長丁場だ。
 朝早く、ローマを出発してしばらくは、朝の軟らかな光に包まれて、湖のほとりの緑したたる道を走り、やがてお昼頃にはトスカーナに至る。
 シエナのカンポ広場を充実した気分で通り過ぎ、ふと気がつくとアルノー川を跨ぐトリニタ橋を渡っているので、やっとフィレンツェまでやってきたんだと気分はさらに高揚する。
 シニョーリア広場にたどりつくと、ぼくたち東方の異教の者たちをも大観衆が盛大に迎えてくれる。握手を求める少年、少女の無数の手。皆、笑っている。かつて本物のミッレミリアを若かりし頃に見た事があるにちがいないご老人が、まあ飲んでいけやとヴィーノ・ビアンコを一杯すすめてくれる。
 人々の歓声があまりにすごいので、50年前の本物のミッレミリアの登場人物になったかのような幻想を抱くのも束の間、ぼくたちは、次の目的地にむかって走り去って行かねばならない。後ろ髪を引かれる思いで。


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 さあ、次は難所と言われるフータやラティコーザの峠越えだ。重いステアリングとの挌闘も、リズムに乗って走れば少しは楽だ。山を越えると、ボローニャ。この赤い街の雑踏の中を駆け抜けて、やがてたどり着くところ、そこがぼくたちにとってはローマ以上の聖地モデナだ。
 ここのチェックポイントを過ぎると、後は延々と直線が続く。おりしもたそがれ時で、まっしぐらに西陽に向かって突っ走るのである。さすがに3日間の疲れも出てきて、ぼくなどは、もう走りたくない、と時に思うほどへとへとだが、生まれ故郷に帰ってきたのがよっぽど嬉しいのか、フェラーリやマセラッティが咆哮をあげて、他の車なんか眼中にないかのように、上下二車線の道の真ん中をかっ飛んで行くのである。
 そんな姿を見ると、ぼくもまた元気が出てきて、その後を負けじとばかりに追いかけるのだ。すべてはシルエットになって、西陽の中に消えていく。この時ほど、スターリングのサングラスのありがたみを感じる時はない。
 やがて、ブレシアにもどってくる。まばゆい光に迎えられる。ぼくだって、フィニッシュでは一瞬、涙腺がゆるんでしまうかもしれないではないか。だから、いそいそと、もう一度サングラスをかけ直したりもするのである。
 今年もまた5月がやってきた。1年で最も美しい季節だ。永劫回帰のミッレミリア。ぼくはまた出かけていくだろう。ポケットにはパスポートと少しばかりのリラ、そしてパゾリーニの小説と、サングラスだけをしのばせて。

PROFILE
おかだくにお 名古屋在住で、日本有数のコレクター。Galleria AMICAオーナーであり、雑誌「カーマガジン」「CAR GRAPHIC」などに寄稿。

 Galleria AMICA
岡田さん所蔵のコレクションが見られます。 イタリアとフランスのかわいい車達のコレクション。