書籍: 終わりなき愛

奇跡のコース 第一巻テキスト

著者名 ヘレン・シャックマン記
ウイリアム・セットフォード
ケネス・ワプニック 編
出版社名 ナチュラルスピリット
定 価 5,500円+税
出版年月日 2010年11月28日

『奇跡のコース ー第一巻テキストー』訳者あとがき

本書は、FOUNDATION FOR INNER PEACE (内なる安らぎのための財団)によって出版されたA COURSE IN MIRACLES, TEXT の邦訳です。『奇跡のコース』誕生の経緯や内容については序文で説明されている通りです。ここでは、本書を翻訳する機会をいただいた私が、『コース』の導きによって、どのような奇跡を体験してきたかについて書かせていただきたいと思います。というのも、『奇跡のコース』は、序文にもある通り、理論よりも応用することの大切さを強調し、神学よりも体験の重要性を強調しているからです。『教師用マニュアル』の中にも、“普遍的な神学は不可能ですが、普遍的な体験は可能であるだけでなく必要です”と書かれており、この言葉は体験の共有を力づけているのではないかと思うのです。

私が初めてACIMと出合ったのは30年ほど前になります。その時はすごい本だとは思いながら、特に深く学ぶということはしませんでした。それから10年後の1989年に4番目の子どもの玲が生まれました。彼女は「致死性小人症」という原因不明の不治の病をもって生れて来たのですが、自力では呼吸できないために酸素吸入の管が肺に挿入されていました。そういうわけで、玲は集中治療室のベッドに横たわり、母親のジャネットも授乳することはできず、母乳を絞って看護師さんに授乳していただくという毎日でした。いつあの世に旅立ってもおかしくない、明日になったらもう会えないかもしれない。子どもがいつ亡くなるかわからないという状況は実に辛いものです。そういう絶望的な状況の中で、妻と私は『奇跡のコース』を思い出しました。英文の『奇跡のコース』を手に取った私たちの目に次の文章が飛び込んできました。

私は何を見るかに関して責任があります。
体験する感情を選択し、達成したい目標に
決断を下すのは私です。
そして、私に降りかかってくるように見える全てのことは私が求めていることであり、私が求めたように受け取ります。
(テキスト21章2節2〜3)

それは衝撃的ともいえる言葉でした。私たちが置かれていた状況をどのように考えるかに関して、責任は全て私にあるというのです。それだけではありません。それは私が求めたことであるというのです。玲がこのような状態で生まれてくることを私たちが望んだというのです。まさか、そんなはずはありません。子どもが不治の病を持って生れてくることを望む親などいるでしょうか。それは私たちの気持ちとはあまりにもかけ離れた言葉でした。とても真実であるなどとは思えません。にもかかわらず、私たちの目はこの言葉に釘づけになったのです。でも、もしかして、これを私たちが望んだとすれば、この状況はいったい何を意味するのだろうか。生きるということ、死ぬということはいったい何を意味するのだろうか。肉体の死とは本当に死を意味するのだろうか。様々な思いが波のように押し寄せてきました。

もしも、玲がこのようにして生まれることが私たちの選択であったとしたら、この状況をどのようなものとして知覚するか、その選択もまた私たちにあることになります。そのような思いの中で、「これですべては完璧である」と考えることにしたのです。それは実際に感じていることとは正反対のことでした。このままでは辛すぎるから、嘘でもいいからこの言葉を信じてみようと私たち夫婦は決めたのです。もちろん、それは誰に語ることもできない二人だけの秘密でした。“これですべては完璧だ”と宇宙に向かって宣言することによって、何か道が開けるかもしれないと直感で感じたのです。

今思えば、これは『奇跡のコース』の教えの要諦である“知覚を変える”ということだったのです。自分に起こることをどのように見るか、悲劇と見るか、成長の機会と見るか、その責任はあなたにあるんだよというこのメッセージを受け容れたことによって、いや、受け容れたつもりになることによって、様々な奇跡が見えてきました。この病院に初めて行ったのが出産の1カ前でしたから、普通であれば受け付けを拒否されても仕方がない状況でしたが、院長さんの親切な計らいによってそれが可能となりました。しかし、病院の決まりとして、集中治療室には母親しか入ることは許されません。思い余った私は主治医の先生に誠実に心の思いを打ち明けました。玲の人生は一生を集中治療室の中で過ごさなければなりません。それなのに、父親とも、兄弟とも会うことができないとしたらそれは一体何のための人生なのでしょうかと訴えました。私の話を静かに聞いてくださった主治医の先生は病院の規則を変更して、毎日決まった時間に子どもたちは一人15分ずつ、白衣を着て治療室に入ることができるようになり、私も毎日、夜会うことを許して下さったのです。看護師さんたちは愛情をこめて面倒を見てくださり、毎朝、集中治療室での看護師さんたちの仕事が一段落したアろに母親が面会に行くと、「玲ちゃんはとてもお利口さんで、他の赤ちゃんが世話を必要としている時には、警告のベルを鳴らさないのね」とか、「家族が来ると必要な酸素の量が少なくなるのよね」とか教えてくださるのでした。妻の友人のそのまた友人が私たちのことを聞いて、病院のすぐ前にあるマンションを3カ月自由に使ってくださいと提供してくれました。このマンションから通り越しに玲がいる集中治療室が見えるのです。このようにして、私たちの周りで様々な奇跡が起こっていました。ただ苦しみと悲しみの中にいる時には見えなかったものでした。玲の人生に関わるたくさんの方々が無償の愛、無条件の愛を行動で示してくれていたのです。

玲は様々な人たちのご好意と愛情に包まれて、270日間の人生の足跡を残してあの世に旅立って行きました。その時に、私が書いた詩をシェアさせていただきたいと思います。

微笑んだ玲

その朝、集中治療室につくと
君はまどろんでいた。
看護婦さんが
今日はちょっと疲れて休んでいますと言った。

私はいつものように
君が横たわるベッドの傍らに座り
君の寝顔に向かって語り出した。

突然、君の眼が開き
微笑んだ。
私に向かって微笑みかけたんだ。
喜びに包まれて呆然としている私に
君はもう一度微笑んだ。

君の生命線であるチューブに
口の自由を奪われている中で
君は微笑んだ。

動くこともなく
語ることもなく
育つこともなく
一週間生きることすら奇跡とされる
肉体を選んできた君は
なんと深く私たちの人生に触れたことか。

君の眼を見つめたとき
君の眼が私を見つめた時
私の時は止まった。

過去を想い
未来を思い煩うことのむなしさを
君と共にいる瞬間のいとしさの中で
私は感知した。

言葉を一言も発することなく
去っていく君は
なんという深い喜びに満ちた言葉を
残して行ってくれることか。

ありのままで良い
すべてのものが
すべての生きとし生けるものが美しく
愛に満ち満ちたものであることを
君は
動くこともせず
語ることもせず
ただ大きな目で
私たちを見つめることで教えてくれた。

玲よ、ありがとう。
君は光に包まれた世界に帰っていく。
しかし、同時に、君は私たちと共に
在り続けるだろう。
君が呼び起こした愛が
私たちの胸に在り続けるから。

人は誰でも魂の暗い夜を体験するもののようです。それは、“学びに最適な瞬間”と言えるものかもしれません。あるいは、“神聖な不満”を感じる時であるかもしれません。なぜなら、耐えがたく辛いその瞬間に、“一体私はここで何をしているのだろう?私っていったいなんだろう?この人生を生きていることにどんな意味があるのだろう?”といった疑問がふつふつと湧いてくるからです。『奇跡のコース』は人間がそのような瞬間に直面した時に、神の子どもである自分に目覚めさせてくれるのです。自分は肉体によって代表される存在だというそれまでの考えが、180度の転換を迫られる時といってもよいかもしれません。そして、神と自分の関係に関して全責任を引き受ける道を歩み始めるのかもしれません。

『奇跡のコース』には数えきれないダイヤモンドのような言葉があります。それらの言葉が、苦しみと絶望の暗闇のなかにいる私たちに一条の光を投げかけてくれます。人によって、置かれた状況によって、輝きを放つ言葉は異なるかもしれません。『テキスト』は理路整然と系統だって書かれていますが、この体験をするためには最初のページから順序通りに読み進まなければならないというものではありません。直感にしたがって、あるいは、スピリットに導かれるままに本を開いて読んでいけば必ず出合うはずです。そこで得られる体験はまさに普遍的な体験です。もちろん、最初のページから読み進めていくことが適切な場合もあるでしょう。全体的に言えば、『テキスト』は形にとらわれることなく自由に読んでいく中で、読む人にとって最高の学びが体験できるように書かれていると私は感じています。

本書が出版されることは私にとってこの上ない喜びです。そしてまた、その翻訳をさせていただいたことは誠に光栄なことであり、謙虚に喜びをかみしめている次第です。最後になりましたが、以下に述べる方々に深甚なる感謝の意を表したいと思います。A COURSE IN MIRACLESのメッセージの受け取り手となって伝えてくださったヘレン・シャックマンさん、彼女をサポートして書き起こしてくださったウイリアム・テッドフォードさん、本書の日本語での出版に深くコミットして実現してくださったナチュラルスピリットの今井博樹社長、本書の前半部でいろいろとご教授下さったケン・ワプニック博士、質問に答えてくれた内なる安らぎのための財団のジュディス・ウイトソンさん、大内ジャネットさん、丁寧にチェックしてくださった編集者の畑中直子さん、そして、「いつ出版されるのですか?がんばってください。待ってますよ。」と励ましの言葉を送ってくださった数多くの読者の方々、本当にありがとうございました。



紀伊國屋書店の新宿南店にて販売

本書が出版されることは私にとってこの上ない喜びです。そしてまた、その翻訳をさせていただいたことは誠に光栄なことであり、謙虚に喜びをかみしめている次第です。最後になりましたが、以下の方々に深甚なる感謝の意を表したいと思います。『奇跡のコース』の受け取り手となって、勇気をもって伝えてくださったヘレン・シャックマンさん、彼女を忍耐強くサポートしてメッセージを書き起こしてくださったウイリアム・セットフォードさん、本書の日本語での出版に深くコミットして実現してくださったナチュラルスピリットの今井博樹さん、ほぼ4年間にわたって『テキスト』の内容を辛抱強くご教授くださったケネス・ワプニック博士、私たち夫婦が致死性の病をもつ子どもを抱えて苦しみのさなかにあった時、『奇跡のコース』の叡智を共有して力づけてくださったジェラルド・ジャンポルスキー博士、深い理解と洞察をもっていつも迅速に質問に答えてくださった、内なる安らぎのための財団のジュディス・ウイットソンさん、丁寧に、かつ、誠実に原稿をチェックしてくださった編集者の畑中直子さん、常にいたわりの言葉をかけ、ゆるぎない信頼をもって応援してくれたパートナーのジャネット、そして、「いつ出版されるのですか?がんばってください。楽しみにしています」と情熱をこめて励ましの言葉を送ってくださった数多くの方々、本当にありがとうございました。 

2010年10月10日
大内 博
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