書籍:生命の贈り物

生命の贈り物
〜ナチュラルスピリット〜

著者名 ハワード・ウィルズ
出版社名 ナチュラル・スピリット
定 価 1,300円+税
出版年月日 2001年7月7日

「ゆるし」を追求していくと、行き着く先は「祈り」であることを、この2年間ほどの間につくづく感じています。『ゆるすということ』『ゆるしのレッスン』の読者からいろいろとお便りをいただきます。ゆるしの大切さを痛感し、いっきに心の解放を経験される方もいらっしゃいますが、「ゆるせばよいのは分かりましたが、どうしてもゆるせないのです。どうすればゆるせるのでしょうか」というお便りが非常に多いのです。

私達も個人的にそのような体験をしているときに、『生命の祈り』と遭遇したのです。人間には100パーセントゆるす力はないけれども、その意図さえあれば、そして、祈りにゆだねればゆるしは起こるのです。

『生命の贈り物』の読者からたくさんの手紙をいただいています。無邪気にこの祈りを読むとき、不思議なやすらぎを覚え、心のこだわりがとれていく。身体の具合が悪かったのにそれもよくなってきたという方もいらっしゃいます。

次に、訳者あとがきを引用しておきます。

<訳者あとがき>
『生命の贈り物』はハワード・ウイルズ氏がチャネルとなって、キリスト意識から伝えられたPrayer of Lifeの邦訳です。Prayer of Lifeはアメリカでも数多くの人々に使われて、さまざまな奇跡をおこしていますが、本としてはまだ出版されていません。したがって、原書よりも邦訳が先に出版されるということになりました。たいへんにありがたいことです。そういうわけで、ハワード・ウイルズ氏からも、日本の読者への特別のメッセージもいただき、ますます感謝の思いを強くしております。

人生とは出会いであると最近よく思います。人との出会い、本との出会い、さまざまなるものとの出会い、神聖なるものとの出会い。そして、出会いの中で私たちの人生というタペストリーが紡がれていく、そのように感じます。それぞれの出会いの中でドラマが生まれ、物語が生まれ、愛の分かち合いがある、人生っておもしろいと思わずにはいられません。この地球上で60億あまりのドラマが、毎日展開されているわけです。

『生命の祈り』と私の出会いもまた、一つの神聖な物語だったように思います。いや、現在進行形の物語です。この祈りは私が非常な「ゆるし」を必要としているときに、さっと私の目の前に現れました。それは、まるで宇宙が「どうぞこれを使ってください」と言っているかのようなタイミングでした。非常に大切にしていたものを、正当な理由もなく奪われるとき(と私たちには感じられるものです)、私たちは誰かを責めたくなります。あるいは、その状況をうらみたくなります。

『奇跡についてのコース』の根本は“ゆるし”にあります。昨年の5月にジェリーの『ゆるすということ』を翻訳出版させていただき、たくさんの読者の方々からお便りをいただきました。多くの方々が、愛する人に裏切られた悲しみ、愛してもらえなかったことへの恨みの思い、不当な仕打ちを受けたことへの思い、さまざまな苦しみを味わっておられることが痛切に伝わってきました。

そんな苦しみの中にあって、“ゆるし”という言葉に光明を見出すことができました、ありがとう、という方もおられました。しかし、ゆるせば自分が楽になれるのは分かっているけれど、どうすればゆるせるのか分からないという方もたくさんいらっしゃいました。

『奇跡についてのコース』の教えによると、ゆるすことは人間のすべきことではないとあります。人は誰かに不当なことをされた場合にはその“まちがいを見過ごす”ことだと言うのです。「まちがいを見過ごす」とは、まちがいを見つめることなく、まちがいの向こうを見て、まちがいを犯した人の本当の姿を見ることだと言います。ゆるしの仕事は聖霊に任せればよいのです。聖霊とはスピリット、自分のハイアーセルフ、大いなる自分と考えてよいかもしれません。

具体的に考えれば、祈ることです。『生命の祈り』はまさにゆるしの祈りです。この祈りは、自分自身を含めたあらゆる人々に対して、すべての生きとし生けるものに対して、時空間を越えて、ゆるしを祈るものです。この祈りをもたらしてくれたハワード・ウイルズしによれば、これらの言葉を信じる必要すらないと言います。必要なことは、無邪気に、かつ、謙虚な気持ちで祈るだけであると、彼は何度も繰り返していました。

私も無邪気に祈らせていただきました。一日に3回、声を出して、1ヵ月の間、この祈りを読ませていただきました。その結果、ゆるせないと思っていた状況や人をじつに軽やかな気持ちで見ている自分に気がついたのです。自分という存在が実に軽やかになってしまったと感じました。人を裁くことをやめた結果、自分が裁かれるということへの怖れもまったくなくなってしまったかのようでした。

それ以来、ゆるせないがために苦しんでおられる方から手紙をいただいたときには、この祈りをシェアしてきました。妻のジャネットと共に行っている“安らぎのワークショップ”の中でもシェアしてきました。参加者の方々には、家に帰ったらどうぞ謙虚な気持ちでシェアしてくださいと申し上げてきました。

ある奇跡を体験した人の話を紹介しましょう。仮にAさんと呼ばせてもらうことにします。Aさんは3年程前に詐欺罪に問われて投獄されました。しかし、Aさんには身に覚えのないことで、お金を一銭も儲けたわけではなく、ただ利用されたということが分かりました。主犯の人物がいて、この人が何千万円ものお金を騙し取っていたのです。Aさんは獄中で私の本を読んで手紙を下さり、私との間で文通が始まりました。最初のころの手紙では、Aさんは主犯の人に対する恨みつらみをいろいろと書き連ねておられました。私が『ゆるすということ』をプレゼントするとすぐに読んで手紙をくれました。その中で、ゆるさなければならないのでしょうが、なかなか気持ちがついていきませんという意味のことが書かれていました。そこで、私は『生命の祈り』を送ってあげました。それから、数ヵ月してAさんから手紙が来て、奇跡が起きました、と書かれていました。3つの奇跡が起きたというのです。それは法律上のことで、普通はまったく考えられないようなことが起きて、再審が決まったというのでした。その他に二つのことが書かれていましたがそれはここでは省くことにします。最後に、ところで、今では主犯の人と文通していると書かれていたのです。今では彼を恨む気持ちもなく、彼の幸せを願っているとありました。さらに、それまで罪をすべてAさんになすりつけていた主犯の人が、相当な額のお金を弁済すると申し出たそうです。

奇跡にもいろいろありますが、最大の奇跡は憎しみが愛に変わることではないでしょうか。したがって、ゆるしとはすべて奇跡です。

ゆるそうという気持ちはとても大切です。しかし、『奇跡についてのコース』も言っているように、人間のゆるしには限界があります。スピリットに、聖なる存在に、祈りに、ゆるしをゆだねたとき、ゆるしは起こります。『生命の祈りは』はそのための力強い道具となってくれます。必要なことは、ただ無邪気に謙虚にこの言葉をとなえることだけです。読者のあなたが、この祈りを活用することによって、軽々と愛を体験され、喜びと笑いと愛に満ちた人生を創作されることを祈ります。

最後に、本書の出版を快く引き受けてくださったナチュラルスピリット社長の今井博基さん、キリストのビジュアルな啓示を受けて本書のデザインを担当してくださった佐倉直海さん、ゆるしの道を歩むパートナーのジャネット、そして、本書をひもといて下さったあなた、大いなるゆるしの物語・ドラマの共演者として、心から承認させてください。心からありがとうと言わせてください。今、このときに生きることに、喜びと感謝とときめきを感じながら。

2001年4月25日   大内   博

 

『奇跡についてのコース』と『生命の祈り』を基にした“安らぎのワークショップ”をパートナーのジャネットと一緒に開催しています。お問い合わせは手紙、FAX,e-mailでお願いします。

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