書籍:ヴァーチューズ・プロジェクト 52の美徳教育プログラム

ヴァーチューズ・プロジェクト
52の美徳教育プログラム

著者名 リンダ・ポポフ
出版社名 太陽出版
定 価 3,800円+税
出版年月日 2005年1月30日

本書の出版もまた不思議なご縁と言うか、天使の導きと言うか、心のときめきによって可能となりました。そのいきさつは訳者あとがきを読んでいただけば分かるので、あとがきに書かなかったことを少しだけ書くと、ちょうど4年前に、ホワイトローズ・ブラザーズ(私のガイドさん)にこう言われたのです。「日本のすべての階層の人がやることになるプロジェクトをやることになりますよ。それこそ、学校の先生からトラックの運転手さんまで、いろいろな人たちが参加するでしょう」。それがこのヴァーチューズ・プロジェクトです。今年は4月から5回のワークショップが予定されています。まさに加速的な展開、文字通り、Godspeedという感じです。これを読んでくださっているあなたも、ひょっとしたらヴァーチューズ・プロジェクトを広める役目を持っているかもしれません。まずは、こころのときめきのままに。

<訳者あとがき>

本書はリンダ・カヴェリン・ポポフ著、The Virtues Project Educator's Guide の日本語版です。2003年の7月にヴァーチューズ・プロジェクトの創始者の一人で、著者の弟であられるジョン・カヴェリン氏から翻訳の依頼を受けたのが私と本書との出合いでした。氏はその2週間前に私が敬愛する友人である小南なみさんと初めて会い、奈美さんが本書の翻訳者を探していたジョンさんに私を推薦してくださり、話はとんとん拍子で進み今日に至ったという次第です。

本書の英語版をはじめて手に取ったとき、「ゆるし」という言葉が目に留まりそのページを開きました。そこには次のように書かれていました。

“ゆるすということは、何かまちがいをした人にもう一度チャンスをあげることです。誰でもまちがいをします。仕返しをする代わりに訂正を要求することです。自分自身をゆるすことも大切です。自分をゆるすということはまちがいをおかしたことに関して自分を罰することを止め、絶望的に感じている状態から脱することを意味します。ゆるすということは自分自身に対して同情の思いを持ち、変わることができることを信じて教訓を生かしてこれからは異なった行動をとる気持ちを持って前進することです。”

私はこの文章を読んで全身が打ち震えるのを感じたものです。私の“本業”は大学で英語やコミュニケーションを教えることですが、その傍ら、翻訳もしています。3年ほど前に、敬愛する友人であるジェラルド・ジャンポルスキー博士の『ゆるすということ』を翻訳出版しました。それ以来、多くの読者の共感を得て、「ゆるし」を主たるテーマにしたワークショップを全国で行っています。「ゆるすこと」の大切さを日々感じていたそのようなとき、本書の英語版を読んでこの文章を読んだわけです。

ゆるしについてのこの言葉はゆるしの本質を見事にとらえ、実に分かりやすく説明しています。私はその瞬間これを翻訳したいと思いました。翻訳するに当たってまず創設者のポポフ夫妻に会いたいと思い、2004年の1月にニュージーランドでのワークショップに参加しました。そして、7月にはカナダでの「内なる贈り物を呼び起こすワークショップ」と「ファシリテーター・トレーニング・ワークショップ」に参加してファシリテーターになりました。

こうして翻訳する覚悟ができたわけですが、最初に直面した問題はvirtueをどの日本語に翻訳するかという問題でした。この英語にあたる言葉としては、「徳性、徳目、美徳」などが考えられますが、これらの言葉は現代の日本では日常的にはあまり使われていないものです。第二次世界大戦中には国粋主義が道徳教育、徳育教育などの名の下に教え込まれた歴史もあって、年配の日本人は「徳」という言葉には余りよい印象を持っていません。それどころか、一種の拒否反応を示します。著者のリンダさんとこの問題について話していたとき、「virtueという言葉にも同じ問題がありました。従来の宗教観の中でvirtueをネガティブに考える人も多かったのです。しかし、ヴァーチューズ・プロジェクトの教えを通して、ヴァーチューについての新しい文脈を作る中でこの問題は解決しました」と彼女が語ってくれました。これを聞いて私もなるほどと思ったものです。最終的に「美徳」という言葉を選びましたが、この言葉の持つ概念はそもそも日本人の伝統の中にあったものです。それが軍国主義による色合いをつけられたことがあったとしても一時的なことに過ぎません。美徳というダイヤモンドの原石の表面がちょっと汚れただけのことです。それをヴァーチューズ・プロジェクトの教えを通して磨けばよいのだと考えました。読者にもいろいろな思いがあるかもしれませんがこのように考えて、美徳というダイヤモンドを磨く決断をしていただければ幸いです。

本書を翻訳しながら私自身深く心を動かされたのは、五つの原則のひとつ、「新しい言語を創造する」というところです。新しい言語とは、エスペラントのように別な言語を創るということではなく、今ある言葉を新しい形で使うということです。批判と比較という物差しで言葉を聞き、言葉を語る代わりに、人それぞれの中にある美しいもの、最善のものに耳を傾けながら、人の話を聞くのです。

建設的な批判という名目を盾にして人の話のあらを探す、いつの間にか私たちはあまりにもこのあり方に慣れてしまったようです。考えてみれば、有史以来の人間の歴史は比較・競争という軸を中心に展開してきました。批判することによってのみ進歩が可能になるという考えです。これが真実であることは確かですが、人を承認することなくただ批判したとき何が起こるでしょうか。輝きの喪失です。子供の目から、いや、大人の目からも輝きが失われます。喜びが消えてしまいます。本書の中で“承認のサンドウイッチ”が紹介されています。誰かを批判する場合、あるいは、異なった考えを提示する場合、まず相手を承認します。それから、「ここはこうした方がよいのではないか」という訂正・修正の提案をします。そして、最後にもう一度相手を承認します。承認するときには、具体的に相手の行動と美徳を結びつけて行います。

「新しい言語で話す」というのは、常に人の持っている美徳を承認するというスペースの中で人と接し言葉を語るわけです。これは自分自身に対しても同じことです。

私はファシリテーターになってまだ日が浅いのですが、パートナーのジャネットと主宰しているワークショップの中でヴァーチューズ・プロジェクトを少しずつシェアしてきました。福井県の三国町でのワークショップでスポンサーをしてくださった鈴木るみ子さんと私でひとつのプロセスを参加者の前でやったことがあります。二人がA、Bになって、最初Aさんが52ある美徳のカードから一枚ひきます。Aさんは引いたカードの美徳についての説明のことばを読み、その美徳と最近自分が体験した困難な問題と関係付けながら話します。Bさんは静かに聞きます。ここが大切なところなのですが、相手の人にどのような美徳があるかと考えながら聞きます。そのとき鈴木さんが選んだカードには「情熱」と書かれていました。

情熱とはインスピレーションを得て、スピリット(より大きな自分)に満たされている状態です。明るく幸せなことです。物事にこころをこめることであり、熱意を持って取り組み、自分の持っているものを100パーセント行動に出し切ることです。情熱を持つということは何かにこころをときめかせていることであり、それを楽しみにしていることです。情熱はポジティブな(肯定的)なこころのあり方から生まれます。

* * *

鈴木さんは次のような分かち合いをしてくれました。

2004年の夏の台風は福井にも甚大な被害をもたらしましたが、実家では車5台が水につかり、家業は壊滅に近い状態に追い込まれました。父、母、弟、妹が一緒に仕事をしているのですが、父は心労のあまり入院することになりました。種々の検査をしている中で癌にかかっていることが判明し、すぐに手術が必要と診断され、父は手術を受けました。術後の回復は思うように行かず、集中治療室で父は眠り続けました。この危機的な状況にあって、私の中から出てきたのが「情熱」でした。明るい希望を持ち続け、今できることを力いっぱいしようと決意しました。母、妹、弟もそうしました。誰かが落ち込んだとき、お互いの情熱で助け合いました。ただ祈り続けたときもありました。一ヵ月後、父は奇跡的に目を覚ましました。それまでは独断的で人に頭を下げたことのなかった父が、「ありがとうなあ。家族のよさが分かったよ。気がつくのが遅かったかなあ」と言ってくれたのです。「遅くなんかないよ」と、私は胸が詰まる思いでした。家族の中に癒しが起こりました。父の病気の癒し、家業の建て直し、何よりも家族の絆がこれまでには考えられなかったようにしっかりしたものになったのです。

* * *

鈴木さんの話を聞きながら多くの人が涙を流していました。私は鈴木さんの家族に対する愛、責任感、そして、コミットメントの美徳を承認しました。それから、ワークショップの参加者はそれぞれA、Bになってこのプロセスを続けました。

これはほんの一例ですが、ヴァーチューズ・プロジェクトは実に様々な道具やテクニックを使います。プロジェクトの精神を生かして様々な工夫が凝らされ、世界中で様々な変化が起こっています。それは本書を読んでいただけば一目瞭然です。本書にはない最新の情報がウエブサイトに載っていたのでひとつだけ紹介しましょう。ニュージーランドのマタタ小学校ではナンシー・アンダーソン校長が中心になって、先生や生徒も一緒にヴァーチューズ・プロジェクトをはじめたところ、5週間後にいじめが一切なくなったと報告されています。12月23日に書き込まれた報告です。

私はひとつの法則を信じています。宇宙の法則です。それは「心の焦点を合わせる対象物は拡大する」という法則です。つまり、悪いことに心の焦点を合わせれば悪いことが拡大し、よいことに心の焦点を合わせればよいことが拡大するということです。いじめを例にとって考えて見ます。いじめの問題が表面化したとき普通どうするかというと問題を抉り出し、当事者と対決し、話し合い、みんなで見張っていじめができない環境をつくる、これが一般的なアプローチのようです。これは「いじめ」に心の焦点を置いたやり方です。この法則からするといじめはなくならないはずです。一時的に姿を消すかもしれませんがなくなることはありません。ヴァーチューズ・プロジェクトはいじめの問題に心の焦点を合わせることはしません。いじめた人、いじめられた人双方の中にある最善のものを見て、つまり美徳を見て、そのダイヤモンドを磨いてあげるのです。すると、いじめはいつの間にかなくなってしまうのです。深刻ないじめがそれほど簡単になくなるものでしょうか。ヴァーチューズ・プロジェクトの体験からするとなくなるのです。

本書を翻訳するというわくわくするような名誉をいただいた私にはひとつのヴィジョンがあります。それは、日本の人たちが家庭で、学校で、職場で、人と人が出会うあらゆる場所でヴァーチューズ・プロジェクトの道具を使って生活しているというヴィジョンです。

新しい一日をひとつの美徳に心の焦点を合わせることからはじめます。

たとえば、今日は「喜び」の美徳に焦点を合わせよう。

会う一人ひとりの中に「喜び」の美徳を探します。

「喜び』が輝き出ている人と出会ったら一緒にその輝きを分かち合います。

「喜び」の美徳が見えない人に出会ったら、自分の中にある「喜び」をその人が受け取れるような形で輝かせ、時にはくすぐって笑わせてもいいかもしれません。

人生そんなに深刻じゃないかも知れないよと「喜び」を体現してシェアする手もあるかもしれません。

あるいは、「共感」の美徳を発揮して相手を思いやることもできるでしょう。

もしそういう世界になったら、それこそ地上の天国ではないかと私は思うのです。本書を契機にしてそういう世界の建設が始まる予感がしています。そして、その主人公はほかならぬ読者のあなたです。

最後になりましたが本書を翻訳して出版するにあたり次の方々に感謝します。

翻訳者としてジョン・カヴェリン氏に私を信頼して推薦してくださった小南なみさん。小南さんの声を信じて私と会ってくださったジョン・カヴェリンさん。インスピレーションに満ちた本書を書いてくださったリンダ・カヴェリン・ポポフさん。本書の翻訳に関してヴァーチューズ・ファシリテーターとしての立場から思いやりをもって言葉をチェックしてくださった坂本桂子さん、カウンセラーとしての立場から言葉の整合性を誠実に見てくださった鈴木るみ子さん、教頭として教育の現場にいる立場から丁寧に見てくださった市川美紀子さん、時々言葉の相談に乗ってくれた高木慶子さん、美徳の言葉探しをしているときに寛容にも実験台になって質問に答えてくれた玉川大学の大内ゼミの学生の皆さん、出版が低迷している中で本書の出版を情熱的に承諾してくださった太陽出版社長、籠宮良治氏、いつも笑みを絶やすことなく今回の特に複雑な編集の仕事をやってくださった片田雅子さん、素敵なデザインを作ってくださった○○○○さん、人生のパートナーとしていつも過分な承認をしながら励ましてくれたジャネット、ガイドとして常に愛情を持って見守ってくれたホワイトローズの兄弟たち、そして、本書を手にとって下さっているあなた、このすばらしい旅立ちのときに当たって、心から深く感謝いたします。美徳が切り拓く心ときめく冒険の道を共に歩む旅人となることを祈りながら。

2004年12月23日   自然麗しき山中湖にて
大内   博
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