富士吉田市域を形成する瑞穂、福地、明見の旧三ヶ村では、基本的に富士北麓地方の共通性を持ちながらも
地域的な特徴を有する生活や生産が営まれていました。この一方で、郡内地方の主要な産業である織物の生
産や流通を通じ、あるいは農業生産と深く関係する林野や用水の利用をめぐって強く結びつきあいながら発展し
ていきました。


●近代の幕開け

近代国家の幕開けである明治維新は、武家から朝廷への政権移行を果たします。明治元年(1868)、鳥羽・伏見の争いの後、討幕軍東下の報が伝わると、上吉田の御師団有志は錦旗を奉じて討幕のため出動する盟約を行い官軍としての公認を受け、蒼龍隊と命名しました。一方、幕府側援護にあたる浪士組に参画したこの地域の志士もいました。彼らは新徴組となって活躍しました。ともに、封建社会の解体から近代への大変革を担った人々です。

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陣羽織(蒼龍隊)

●町村合併から市制施行へ

明治政府は町村合併を強行しました。これは7万余の村数を1万余に激減させると同時に農耕社会での生産と生活基盤であった村落の解体を引き起こしました。その後、産業経済の発展につれて人々は活動領域を拡大し、村域を越えた他地域との結び付きを強めました。

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町村合併の変遷


●水と生活

富士山に降った雪や雨はやがて地上に湧き出し、大小の河川となって市域を流れます。これらの河川は時として氾濫し、人々の生命や財産を脅かしますが、同時に飲料水として生活を農業用水や工業用水として生産を支えました。さらに近代技術が水力発電という新たな贈物をもたらしたこがありました。このように水は、人々の生活や生産を豊にし、地域を発展させました。また、それゆえに水をめぐる争いなどが引き起こされることもありました。

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宮川電燈の開業式/大正2年(1913)


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