祭神は袴幡千々姫命で吾勝勝天神隠身尊で木花開耶姫命の姑神であり、平安の頃より富士登山者は村の宿坊を宿としてこの滝で身秡を行い登山の安全を願った。
母の白滝神社
7月28日
太々御神楽祭(おだいだいまつり)
天然記念物  七本杉
稚児の舞
無形文化財(山梨県指定)
産屋ヶ崎神社
例大祭(4月25日)
この祭りは、貞観六年の大噴火の際、穢れを知らぬ童女の稚児達が浅間様の荒神霊をお慰めしたもので、古代よりのしきたりに則り舞を奉納。
氏子中の両親の健在な七、八歳の童女で、衣装は白衣の上に緋の千早、差祓をまとい、上には錦織の陣羽織、緋の襷を懸け、頭には誠を捧げる意味の熨斗紙を着し舞瓔珞を戴く。
境内地は天然記念物の七本杉(根廻り最大三十メートル、樹高四十七メートル余)を始め根廻り四メートル余の大木(杉、檜、栂、欅、樅、松、栃等)が、百年余の荘厳な社叢をなしている。
全国的にも珍しく先年環境庁の調査も行われた。
表参道には、五丈八尺(約十八メートル)の大鳥居を供える。根廻り七メートルの杉並木の表道があり、参道中央に波多志神社と称え奉る。
本社の創祀者である伴直真貞公の霊を御祀りした、見るからに古社たる姿を整えている。
また多くの末社を祀っており、幽玄な滝の傍らに奉られる母の白滝神社、富士を真向に河口湖に突出る岬山頂に奉られる産屋ヶ崎神社は悠久の歴史を感じさせる。
彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)(木花開耶姫命の御子で俗に山彦の神)と皇后豊玉姫命(海(ワダツミ)の国の神様で俗に乙姫様)を祀る。
御二人の間に御子ウガヤフキアエズがお生まれになられたので、これを姑神の浅間様が御見舞に御神幸されると言う祭儀で、俗に「孫見祭」とも言い伝えられている。御神輿には御神霊と共に産衣、お産の用具が奉還られている。
人皇五十六代清和天皇の御宇、貞観(ジョウガン)六年(八六四)五月富士山大噴火の事あり、富士山北面に在った大湖、せ の海(セノウミ)(現青木ヶ原流域)埋没す。この様な大噴火の為、時の住人は甚大な災害を被く。
此の事、甲斐の国司、橘ノ末茂(タチバナノスエモ)公より朝廷に奉上、翌貞観七年十二月九日丙辰の勅命により、富士山の神、浅間明神を此の地に奉斎、擬の大領――無位伴直真貞(トモノアタイマサダ)公を祝に、同郡の人伴秋吉公を禰宜に任じ、富士山噴火の鎮祭を行う。これ当神社の御創祀である。延喜の制により名神大社に列せられる。
御由緒
神代から現代へと継ぐ、此処は千百年余の悠久が織り成す鎮守の杜
御祭神  浅間大神(木花開耶姫命)
河口浅間神社
延喜式内
名神大社