音楽が最も人に直接的な感動を与える芸術だと言ったのは誰だったろうか。 「父の唄」を味読して感じたものを曲にしてみた。「父の唄」は、若い僕らが歌うにしては少し人生を達観してしまったかのような感があってなじまないが、僕はこの父の生き方の「粋」とでもいうものに惹かれた。「命かけて」は、いささか演歌のような風味がある。しかし、この言葉を発した「父」の背に、その経てきた生涯の重みのあることを思うとき、愛すること、未知なるものを求めること、これらをその「命」を賭ける価値あるものとする彼の見方そのものが、ひとつの真実らしきものとして、僕に語りかけてくるのだ。 「愛せるだけの・・」に対して異議を唱える人があるだろう。しかし人というものは、そうそう人を愛せるものではない。そしてその数少ないロマンスの中で、人は成長してゆくのだ。だから大いに恋愛せよ。「父」はそのやさしい目で、息子の人間的成長の糧として、いささか粗暴な言葉ではあるが、「愛せるだけの・・」と言ったのではあるまいか。 息子よ、おれを越えてどこまでも遠くへ行け。父なぞに振り返らなくてよい。お前の求めるものに向かって、まっすぐに進め。行け、息子よ。だが、これだけは覚えておけ。「笑えるときは大きく笑え。だが、涙流しこらえるのは、ただ自分だけ」おれがいつもそうしたように。 父が娘にではなく、息子に教えたかったもの。それは、男そのものであったかもしれない。