浅間神社


私の奉職神社の紹介ページです!




冨士御室浅間神社

            

鎮座地 里宮       山梨県南都留郡富士河口湖町勝山 
                               3951番
                               TEL0555(83)2399
      本宮       山梨県南都留郡富士河口湖町勝山
                      富士山二合目3953番地 
   

境内地        一万四千三百四十坪(里宮)
               三万三千九百坪(本宮)

氏子戸数      三百五十二戸 崇敬者数三千人

祭神          木花開耶姫命
             
大祭日        例祭(春)     四月二五日
             例祭(秋)     九月九日
             祈年祭     一月十五日
             新嘗祭     十一月十五日
準大祭        流鏑馬神事   四月二九日

由緒
 人皇四十二代文武天皇大宝三年四月七日、藤原義忠公富
士山二合目に奉斎す。坂上田村麻呂卿蝦夷出征の途次、戦
勝を祈り、大同二年蝦夷征服の奉賽として社殿を造営し規模
初めて壮観となる。富士の噴火炎上を始め幾多の大破により
其の都度甲斐国主武田家を始め武将、富士講などにより再興
修理された。昭和四十八年里宮の境内の二合目方位に里宮
社と向かい合わせて移築された。里宮社は六二代村上天皇天
徳二年、氏子崇敬者の拝礼の便を図り現在地に建立された。
大原七郷総鎮守と云われ、古式ゆかしい勇壮な流鏑馬祭は
多くの崇敬者で賑わう。
           
   

左より武田信玄目刻の「武田不動明王像」、「馬に乗った聖徳
太子像」、「勝山記」、「武田信玄安産祈願状」。

         

右は流鏑馬の馬場を切麻で祓う私。

冨士御室浅間公式サイト
↓↓↓
       http://fujiomurosengenjinja.jp/index.html




北口本宮冨士浅間神社

          


鎮座地        山梨県富士吉田市上吉田5558番地
                               TEL0555(22)0221

境内地        二万六千坪

氏子戸数      二千九百戸 崇敬者数五万人

祭神          木花開耶姫命
             彦火之瓊々杵尊
             大山祇神

大祭日        例祭(初申祭)五月五日
             祈年祭    二月十七日
             新嘗祭    十一月二十三日
準大祭        鎮火祭(日本三奇祭=吉田の火祭り)
                      八月二六、二七日

本殿(重要文化財)   元和元年鳥居土佐守再建
               豪華壮麗なる桃山様式

弊拝殿          享保十八年村上光清建築 権現造り

大鳥居        別名富士山大鳥居 額字「三国第一山」
            木造の大きさ国内第一 六十年式年

参道          数百年来の樹木に覆われた約百八十五
             間の参道に苔生して古色蒼然たる大小 
             の石燈龍二百三十余

神木          第一東の方 吉野太郎杉 樹齢千年
                           樹高百三十尺
             第二南の方 吉野杉 樹齢九五〇年
                           樹高百三十二尺
             第三西の方 檜 今は其の跡知れず
             第四北の方 夫婦檜 樹齢九百年
                           樹高百十二尺
由緒
 人皇十二代景行天皇の御代、日本武尊是の麓を御通過の
折 大塚丘に登りて冨士の神霊を親しく御遥拝あらせられた。
此に依りて大塚丘に小祠を祀り浅間大神を勧請、日本武尊を
も合祀す。延暦七年甲斐国主紀豊庭朝臣、大塚丘の北面の
地に浅間大神を遷座、仁和三年甲斐守藤原当興朝臣造営。
元和元年鳥居土佐守本殿造営、享保十八年より元文三年ま
で、江戸小伝馬町の豪商にて富士行者村上光清の寄進と尽
力にて神社境内の形が整う。大正八年より十四年まで改築修
理完了。武田、北条の武将を始め多くの庶民、特には富士講
の信仰の永い歴史のもと、昭和四十一年、別表神社に加列さ
れ現在に至る。日本三奇祭の一つ、吉田の火祭りはおよそ二
十万人の人出で賑わうと云われる。

        主な境内社
              


諏訪神社  祭神 建御名方神
            八坂刀売神
           この地の地主神
           鎮火祭では浅間大神と同格上位に扱われる
        例祭日 八月二六、二七日
             二月十七日、五月五日、十一月二十三日

          

東宮本殿  祭神 天津日高日子火々出見尊
                永禄四辛酉歳九月武田信玄公造営
        例祭日 八月十五日
        
西宮本殿  祭神 天照大神
            豊受大神
            琴平大神
        例祭日 四月十日

恵毘寿社  祭神 事代主神
            大国主神  
             別名冨士恵比寿日光大国と言われ名匠
             左甚五郎作と伝えられる神像二体
             本殿真裏で富士に向かう
        例祭日 一月二十日 十月二十日

                       

その他の境内社
神武社
日御之子社
池鯉鮒社
倭四柱社
日枝社
日隆社
愛宕社
天津神社
国津神社
天満社
神馬社
三殿社
三神社
風神社
下諏訪社
子安社
冨士守稲荷社
福地八幡社
青麻社
祖霊社

大塚社



北口本宮公式サイト
↓↓↓
http://www.sengenjinja.jp/index.html






御嶽大神社


鎮座地        山梨県都留市田野倉1699番地
                               

境内地        二百二坪

氏子戸数      九十戸 崇敬者数三百人

祭神          大己貴命

大祭日       例祭(春)四月十一日
              (秋)九月十五日に近き日曜

境内社       天王社(祭神 建速須佐之男尊)

由緒

人皇第百十六代桃園天皇宝歴六年、この地に悪疫流行し人
心恐々の村民の前に何処よりか白髪の翁現れ「大己貴命祀
れば悪疫退散疑いなし!」と告げて消えた。同年十月社殿を造
営すると月余にして悪疫退散せりと云う。甲斐国志には「御嶽
蔵王権現」という記述が見られ、御嶽山に勧請した吉野金峯山
の本尊蔵王権現と神仏習合した歴史も窺える。




諏訪神社


鎮座地        山梨県上野原市秋山三四三〇番地
                               

境内地        三百二十三坪

氏子戸数       三十戸 

祭神          御穂須須美命

大祭日       例祭(春)四月二十四日
              (秋)八月二十五日に近き土日曜

由緒

天正四年創建。享保十四年本殿再建。安永五年弊殿建造。
天保三年本殿を造営して現在に至る。祭神は記紀には登場し
ない出雲風土記の女神で、なぜこの地に祀られたのかは謎で
ある。




※このページに掲載させていただいた写真は、
 北口本宮→ 現在人気抜群の貸別荘パインツリーオーナー遠山さんのホームページより、 
 冨士御室浅間神社→ 冨士河口湖町「勝山」よりの転載です。
 以下から訪問してください。

 貸別荘パインツリー  →http://kashibesso.com/
 冨士河口湖町「勝山」 →http://www.katuyama.info/kanko/sengen.html












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